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2010年1月22日金曜日

Voyages en vacances 2

旅行記第2弾、ルクセンブルクです。


年末の記事にあるように、
レンヌから戻ってから少し体調を崩したのですが、
さらに、前回の記事の最後に書いたとおり、
実はルクセンブルク滞在中に、またも体調を崩し、
ベルギーには滞在せずにリールに戻るという事態に。

お休みに入るまでの1カ月ほど、
ちょっと自炊で手抜きをしすぎたらしく。
抵抗力がかなり落ちていたようです。
前期の疲れも出たかもしれませんね。

リールに戻ってきてからは、きちんと栄養をとって静養しました。
今はもう健康ですのでご安心ください!


…というわけで、ベルギーでは電車を乗り換えただけ(笑)
第2弾はルクセンブルクのみです。


12月31日から2日まで、ルクセンブルクに滞在しました。
ルクセンブルクは、リールからベルギーのブリュッセルを経由して
TGVで4時間ほど。
フランス、ベルギー、ドイツと国境を接する、
神奈川県ほどの大きさの国です。

今回の写真は、1月1日に撮ったもの。
1994年に世界遺産に登録された、
ルクセンブルク市の街並みと要塞群です。

谷を利用して要塞を築いたので、
敵の侵入を防ぐには絶好の地形だったそうです。
さすが、世界遺産に登録されるだけあって、
景色がすごくきれい。


これはかつて刑務所だったところ。














下には川も流れています。
これらの写真は要塞の上部から撮ったのですが、
一番下まではかなりの距離があります。














西暦963年に建国されたルクセンブルクですが、
革命期のフランスの支配下に置かれたり、
第1次、第2次大戦時にはドイツに占領されたりと、
歴史的にはいろいろな経験を経てきています。
面積は小さいけれど、タフな国です。















横に帯のように伸びている石垣が、
城塞の部分です。
写真だと分かりづらいですが、ものすごい堅牢でゴツい。
でも、それでいて繊細さも漂ってるんです。
絶妙なバランス。














これは周囲の見取り図的なもの。













向こうに見える橋は比較的新しいもので、
谷の向こうのエリアとのあいだに架かっています。












いかがですか、ルクセンブルク?


私は素敵な国だと思いました。
街の中もきれいだし、
行政の管理が行き届いている感じがしました。
ちなみに公用語は、
フランス語、ドイツ語、ルクセンブルク語。
ヨーロッパにいらっしゃるなら、
ぜひ一度足をのばしてみていただきたい国です。



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2009年8月23日日曜日

シャルトル大聖堂へ。


8月22日は、同じくエクスカーションで
シャルトル大聖堂へ。







シャルトル大聖堂は、パリの南西約80キロに
位置する都市シャルトルにある。
世界遺産への登録は、
モン・サン・ミッシェルと同じ1979年。

























現在のシャルトル大聖堂は、
その壮大なゴシック建築で有名であるが、
当初、聖堂が建てられたのは
4世紀ごろと言われている。
その後、何度か火事に遭い、
焼失と再建を繰り返している。
現存する聖堂は12世紀以降に再建されたものである。
それゆえ、全体がゴシック調というわけである。


ゴシックの聖堂を見るのが好きなので、
以前からシャルトルには一度行ってみたいと
思っていたが、
それが今回果たせたのでよかった♪


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モン・サン・ミッシェルへ。


8月15日は、語学学校のエクスカーションで
モン・サン・ミッシェルへ。







モン・サン・ミッシェルといえば、フランスの世界遺産として
ご存知の方も多いはず。

そもそもは、北西部のブルターニュ地方と
ノルマンディ地方のさかいめ、サン・マロ湾にある島。
遠浅の地形のため、潮の干満の差が大きく、
普段でもその差は約15キロ。











大潮の時期には18キロにまでなるといい、
引いていた潮が満ちてくる光景を島から見ると、
それは神秘的だという。

世界遺産に登録されたのは1979年とのこと。

8世紀初頭、とある司教の夢の中に、大天使ミカエルが現れ、
この地に礼拝堂を建てよと告げたのがはじまり。










以後、10世紀には
ベネディクト会が修道院をつくり、
数々の増改築を繰り返しながら、
13世紀には、現在のようなかたちになったという。
中世には巡礼地の一つとして、多くの巡礼者が訪れたようであるが、
時代がすぎるにつれてだんだんと荒廃していき、
革命期には監獄として使用されたらしい。

しかし19世紀になって、再び修道院として使用されるようになり、
ミサも行われるようになった。
これにはヴィクトル・ユゴーの功績が大きいと言われる。
(注:ちなみにフランスでもっとも偉大な作家はユゴーだそうです。
 何をおいてもとにかくユゴー、ユゴー、ユゴー。)

それからは、島へのアクセスを容易にする工事が行われ、
徐々に観光地として人々が訪れるようになった。
現在は、フランスの観光地の中でも集客1,2位を争っているという。


帰りがけ、夕焼けに遭遇したので撮ってみました。
自然のなせる完璧なグラデーションですね。






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2009年8月16日日曜日

シャンボール城。





午後はシャンボール城へ。





フランソワ1世のために建てられた、
ロワール渓谷では最大規模を誇る城。
1519年から47年にかけて建設。

設計にはあのレオナルド・ダ・ヴィンチが
かかわっていたと言われている。
ダ・ヴィンチは1519年に死去しているが、
晩年をフランスのクロ・リュッセ(ロワール渓谷、アンボワーズ城近く)
で送ったとされているから、
直接・間接の別は定かではないが、
何らかの関与があったと考えることは
不可能ではないらしい。

その証拠とされているのが、二重らせん階段。
構想それ自体は古くからあり、
目新しいものではないらしいが、
これを実現させたのがダ・ヴィンチだとする説がある。







これは庭園の風景。
なんとなくヴェルサイユ宮殿の庭園を思い起こさせるが、
シャンボール城のほうが何十年も早く建設されている。



その日の夕食は、Toursに戻って、
とあるレストランのテラス席で。
11Eurosで定食メニュー。












前菜は田舎風パテ、
メインは写真にある、ハムと卵ののったガレット、
デザートにりんごのタルト。
ちゃんとつくってある感じがして、
いやぁ、おいしかった。
この日はペリエを飲みながらゆっくりしました。






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シュヴェルニー城。



8月8日土曜日は、
語学学校のエクスカーションで
二つのお城へ。

まずはシュヴェルニー城から。






建築は1624年から1634年にかけて。
ヴェルサイユ宮殿とほぼ同時期のようである。
フィリップ・ユロー(アンリ3世、4世期に
法務大臣であったアンリ・ユローの息子)が
建てさせたと言われる。
革命期の混乱を経て、城は現在も一族が所有。

ベルギーの漫画家エルジェの『タンタン』シリーズに出てくる
ムーランサール城は、シュヴェルニー城をモデルにしている。

内装は全体的にとにかく豪華と言える。
一歩入って、部屋の色づかいを見たとき、
なぜか東照宮を思い出したのだが…
赤と緑の組み合わせがあったからかもしれない。
装飾には、日本をはじめ東洋の文化の影響もあったというから、
私の直感も、まんざら捨てたものではないのかも。














その日のお昼はクロックムッシュ













4年前に一度パリへ来て以来、
行った先ではとりあえず
クロックムッシュを食べることにしています。
ボリュームがあるのにそんなに重くなく、
おいしくいただきました。
サラダとの取り合わせもバッチリ。









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